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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2163号 判決 1994年10月28日

原告

清水洋二

右訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

被告

西武交通興業株式会社

右代表者代表取締役

川上修

被告

川上修

右二名訴訟代理人弁護士

山上芳和

右二名訴訟復代理人弁護士

藤井圭子

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一二万円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金六〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、労働組合の役員として被告西武交通興業株式会社(以下「被告会社」という。)代表取締役である被告川上修(以下「被告川上」という。)と、被告会社従業員の定年退職後の嘱託雇用問題について交渉中、被告川上の行為により、右手首に傷害を負わされた上、原告の自由であるべき労働組合活動を抑制されたとして、被告川上に対しては民法七〇九条及び七一〇条に基づき、被告会社に対しては同法四四条一項に基づき、損害賠償金(慰藉料五〇万円及び弁護士費用一〇万円)の支払いを請求した事案である。

二  争いのない事実等

次の各事実のうち1及び2はいずれも当事者間に争いがなく、3は末尾記載の各証拠により認めることができる。

1  原告は、被告会社の従業員で構成する西武交通全労働組合(以下「組合」という。)の書記長であり、被告会社は、タクシー、ハイヤー営業等を業とする株式会社、被告川上は、その代表取締役である。

2  平成三年一〇月一〇日午前一〇時三〇分ころ、被告会社応接室において、被告川上及び二名の被告会社従業員(係長及び事務職員)と、組合委員長田中秀雄、同副委員長河合兼好、同書記長原告(以下この三名を「組合三役」という。)とは、間もなく定年を迎える組合員たる被告会社従業員岩沢三一の嘱託雇用問題等に関する交渉(以下「本件交渉」という。)を行った。

3  その際、右応接室においては、長椅子のソファーに、原告、河合、田中が座り、被告川上は、テーブルを挟んで、原告と対角線上に向かい合う形で一人掛け用ソファーに座っていた。本件交渉においては、主に田中と被告川上とが話し合いをしていたが、途中から原告が会話に加わったところ、その口のききかたについて原告と被告川上とが口論になり、そのとき、被告川上の行為により、同被告と原告との間にあったテーブル(縦約六〇センチメートル、横約一二〇センチメートル、高さ約四五・五センチメートルのもの)が移動して、これが右手を右膝に乗せた状態で長椅子のソファーに座っていた原告の右手首に当たり、その結果、原告は加療一二日間を要する右前腕打撲の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った(<証拠略>、原・被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。

三  争点

1  被告川上の行為によりテーブルが移動し、これが原告に当たったのは、同被告の故意・過失によるものか。

(一) 原告の主張

原告にテーブルが当たったのは、本件交渉において、原告が、被告川上に対し、岩沢三一の定年後の嘱託雇用を拒否した理由について質問した際、被告川上が「清水、お前はうちの社員だろう。社員のお前が社長に対してなぜそんな口をきくんだ。」と言ったため、原告が「この場では社員としての立場ではなく、組合三役の立場として質問しています。」と答え、質問を続けたところ、被告川上は「てめえ、なめるんじゃねえ。」と怒号し、組合三役と被告川上の間にあったテーブルを原告に向かって激しく蹴飛ばしたためである。この経過によれば、被告川上が故意でテーブルを動かしてこれを原告に当てたことは明らかである。仮にそうでなかったとしても、当時は、前記のとおりテーブルを囲んで人が着席していたのであるから、テーブルを蹴れば、それが人に当たり、傷を負わせることは容易に想像できたのであり、被告川上には、原告の受傷につき、少なくとも過失がある。

(二) 被告の主張

原告らは、日頃から会社側との交渉における態度が悪く、交渉中、常に会社代表者たる被告川上や担当者を大声で口汚く罵り、ほとんど喧嘩ごしで接するため、近隣から、何事が起きたかと恐れられることが度々あった。本件交渉の時も同様であり、原告は、怒声を上げて罵り始めた。本件は、被告川上が、余りに不遜で粗暴な態度をとる原告に対し、「社員であるなら社員らしい口のききかたをしなさい。」と注意したところ、原告が「俺は、この会社の社員ではない。」と大声で怒鳴って立ち上がったので、被告川上もこれに応じて立ち上がった際、その膝にテーブルが当たって動き、それがたまたま原告の手に当たってしまったというものである。したがって、被告川上は、原告の受傷につき故意・過失がない。

2  本件傷害は、被告川上が、被告会社の職務を行うにつき生じたものか(なお、この点についての被告の主張は以下の内容にとどまっていて、この点を争う趣旨かどうか必ずしも判然としないが、念のために当裁判所の判断を示しておくこととする。)。

(一) 被告の主張

組合三役は、当日、突然被告川上の執務場所を訪れ、直ちに話し合いをすることを強要し、被告川上は、やむなくこれに応じて同人らを応接室に招じ入れて話し合いを行なったものであり、本件交渉は、全てが唐突に原告らの強要により設定され、始めから原告らが紳士的なルールを全く踏みにじる形で進行していった。したがって、結果的には、組合三役と被告川上との話し合いになったものの、その実態は、たまたま原告ら三名が被告川上の執務場所を訪れ、組合三役と被告川上が同席するに至ったに過ぎないものであった。

第三争点に対する判断

一  争点1について

(人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、被告川上は、本件交渉において、原告との口論の最中に、テーブルを原告の方に向かって右足で激しく蹴飛ばしたことが認められる。そして、これと、(一)前記第二、二、3において認定したとおりの当時の原告と被告川上の着席位置の関係、(二)(証拠略)、原・被告各本人尋問の結果により、原告とテーブル間及び被告川上とテーブル間の距離が、当時いずれもごく近接していたと認められること、(三)更に弁論の全趣旨によれば、当時被告川上が、このような着席位置や距離の状況を十分認識していたことが明らかなこと、(四)(証拠・人証略)及び被告本人尋問の結果によれば、被告川上は、平成四年四月にも被告会社管理職の件で従業員と交渉中興奮し、被告会社従業員の顔面を殴って左前歯を欠損させたことがある外、他の機会にも再三従業員との交渉中に興奮していたことが認められ、総じて興奮しやすい性格の持ち主であると推認されることを総合判断すれば、被告川上が、故意をもって原告に対しテーブルを当てた、すなわちぶつけたものと認めるのが相当である(以下、この認定に係る被告川上の行為を「本件行為」という。)。

この点につき、被告川上は、被告本人尋問において、原告にぶつける目的でテーブルを蹴飛ばしたことを否定し、同被告が原告に対し、社員らしい口のききかたをするように注意したところ、原告が「何を」と言って立ち上がったので、飛び付いて来られると思って自分も立ち上がった際、同被告の右膝に当たってテーブルが動き、これが原告に当たって本件傷害を生じた旨供述している。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告が立った状態では、本件負傷部位は、床から約八〇センチメートルの高さにあると認められるため、被告川上の供述どおり原告が先に立ち上がったとすれば、仮に完全に立ち上がりきらない場合をも考慮しても、高さ約四五・五センチメートルの本件テーブルによって本件傷害が形成されるとは考えにくいこと、更に原告本人尋問の結果により、本件テーブルは相当の重量感を有し、意識的に動かさなければ動かないものであると認められること等に照らすと、採用することができない。

二  争点2について

(人証略)、原告本人尋問の結果、前記認定事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件交渉は、事前に文書による申入れを経た上、本件当日の午前九時三〇分ころ組合委員長の田中が口頭で申入れ、被告川上がこれに応じて午前一〇時頃から開始されており、これは被告会社の営業時間内であったこと、交渉の当事者は、組合の委員長、副委員長、書記長と被告会社代表取締役の被告川上、係長中村、事務職員平野という構成であること、交渉内容は、主に組合員岩沢の定年後における嘱託雇用問題であったことがそれぞれ認められ、以上からすれば、本件交渉は被告川上の職務行為に属するものであると認めることができる。したがって、本件行為による本件傷害は、被告川上が職務を行うに付き原告に加えた損害であると認められ、この点の被告の主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、本件行為により、原告に発生した精神的損害の賠償については、被告両名が共に責任を負うことになる。その金額については、本件傷害の程度や本件傷害を生じた経緯等の他、弁論の全趣旨によって推認される被告川上の行為が原告の労働組合活動の自由に与えたであろう影響の程度、原・被告各本人尋問の結果によれば被告会社は、本件傷害により原告が休業せざるをえなくなった五乗務につき休業補償をしていると認められること、原告本人尋問の結果によれば、本件傷害の治療費につき被告会社が自主的に負担したことが推認されること、その他諸般の事情を考慮し、金一〇万円とするのが相当である。また、弁護士費用については、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害として、被告らに負担させるのが相当であるが、その金額としては、慰藉料の認容額とのかねあいから、その二割の金二万円が相当である。さらに、弁護士費用の遅延損害金の起算点については、不法行為時とするのが相当と判断する。

なお、仮執行宣言の申立てについては、その必要がないものと認めこれを付さない。

(裁判官 合田智子)

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